
今日は、息子の小中学生の時の夏休みの宿題の思い出話と、夏休みの宿題をうまく使うと中学の内申の取り組み方にもつながるのではないかと思っていた話です。
最近は、宿題が減っていると聞きますし、親御さんも忙しいのでお子さんの宿題にかかわること自体が減っているのではないか思います。
時代遅れの話かなと思いつつ、でもどなたかの参考になったりしたらいいなと期待を込めて書いてみます
小学生の時の夏休みの宿題はとにかく苦労した思い出ばかりです。
簡単に言えば、息子は勉強はできるけど実技教科はサッパリなタイプで、絵も下手だし、楽譜も読めないし、文章を書くのも苦手な子でした。
この事には小1の時から気がついていて、この子は実技教科の内申点で苦労しそうなタイプだから、小学生のうちになんとかしておきたいなと思っていました。
なんとかしておきたいと思っていた私にとって、夏休みはチャンスタイムでした。
学校の授業でやっていることを途中から教えるのは難しいところがありましたが、夏休みは1からやってきなさいという課題なので、大袈裟にいうと、ガッツリとかかわって1からあれやこれやと教え続けていた6年間の夏休みでした。
小3ぐらいまではふてくされる息子の機嫌を取りながら、どうにかこうにか教えたりやらせたりしていたのですが、あることがきっかけで夏休みの宿題の取り組み方がガラッと変わりました。
最初はちょっとした思いつきだったのですが、それをきっかけにその後の学習へもつながっていったような気がしてます。
小さなことでしたが、それが転機になったのではと今は思っています。
私の小さな思いつきとはなんだったのか?
それは、夏休みの宿題で何か「賞」が取れないだろうかと考えたことでした。
最初に書いた通り、実技科目不得意としてたのでそれまで賞には無縁でした。
息子自身もその状況を完全に受け入れてしまっていて、頑張ろうとか工夫しようとかそういうのが全くありませんでした。
自分でも一生懸命やれば出来るんだというようなきっかけになるような、そういうものが欲しかったのでした。
しかし、「賞」って取りたいと思って取れるものなのか?
この時、このコンクールだったらいけるんじゃないか?と目をつけてたものがありました。
それは地域の小学生向けのコンクールで、毎年、息子の通う小学校から何人にも入賞者が出ているものでした。
もちろん上位の賞は選ばれしものしかもらえないのですが、一番下の「佳作」は、学年代表に選ばれさえすればどうやらもらえるらしい、というのを知っていました。
その上、その学年代表も、1人というわけではなく毎年5人ぐらい選ばれていたのです。
その5人にさえ入れば賞がもらえる、これなら狙えるかもと思いました。
「賞」を狙うためには何をしたらいいか?
そのコンクールは、テーマにそった絵(画材は自由)と短い文章の両方を1枚の紙に書くものでした。
(コンクールがわからないように具体的なことはボカして書きます)
絵を丁寧に書く、文章を一生懸命書く。
これはそれまでもやってきはず。でも、学年代表には選ばれなかった。
同じことをやっても、きっとまた結果は同じ。
では、どうする?
私がやったことは、過去の受賞作を息子と一緒にパソコンでみることでした。
今はとっても便利な世の中で、毎年やっているようなコンクールはたいていネット上に過去の受賞作品が公開されています。
そこで、「やっぱり上手いね」なんていう話から始めるのですが、そこからもっと具体的に考えます。
みんな確かに上手いのだけど、「特選」と「佳作」では、あきらかにレベルが違います。
それは息子がみても、「全然違うね」とわかります。
「ぼくが選んだとしても、こっちが特選で、こっちが佳作だね」
そこで、「なにが違うと思う?」と息子に問いかけます。
「色々な色を使っていて綺麗」「背景まで丁寧に色が塗られている」「文章と絵が合っている」「小さい絵まで丁寧」「線がはっきりかかれている」「文章がうまい」「文字の大きさがそろっている」「文字の量がめいっぱいかいてあって空欄がない」とか、2つの作品の違いを言います。
他の受賞作もみます。
佳作、優秀賞、上位の特別賞、それぞれの賞のカテゴリーでレベル違いを感じる?自分が審査員だったら、それぞれの賞に振り分けられる?
比べる、違いをみつける、違いを言語化する、これをやらせました。
そして、このコンクールでは、どういう作品が選ばれやすいのか、というポイントも気がつかせます。
自分が審査員だったら?と選ぶ立場になったつもりで作品を考えます。
これをやってから、自分の作品に取りかかりました。
ここまでやったこの年のコンクール、息子はどうだったか、というと残念ながら学年代表には選ばれませんでした。
えー、やった意味なかったの?ってつっこまれそうですが。
私は、この年は選ばれないだろうなと思っていました。
というのも、せっかく色々なことに気がついたのに、それを作品に活かせていなかったからです。
最初は頑張ってやり始めたのですが、途中でエネルギー切れして「もうこれでいいよ」と中途半端なところで終わらせてしまってたのでした。
その時は私も、もうこれ以上やらせるのは無理だなと思ったので、そのまま提出させました。
最後までやり切らないとダメなんだとわかることも勉強だと思いました。
息子は、中途半端な作品だったけど途中まではすごく頑張ったから、もしかしたら選ばれるかも、となぜか自信をもっていたようでしたが落選しました。
普通はここで、「賞なんてやっぱり無理なんだね」とあきらめてしまいそうですが、私はしつこい性格(?)なので、こんなことであきらめません。
実は、このあと、このコンクールの作品展に息子を連れて行ってるのです。
作品展が開催中に、その会場近くの某所へ遊びにいこうと誘って、「そういえば、近くで作品展やっているから観に行こうよ」とついでを装って会場に行く作戦を決行しました。
会場に連れて行ったら、その作品展が想像していたよりもカッコよかったんです。
展示の仕方とか、会場の雰囲気とか、とても素敵で。
そして学年代表で選ばれていたクラスの友だちの作品も堂々と展示されているわけです。
そうなると負けず嫌いが出てきて、来年に向けて闘志は湧いてくるわけです。
「作品みてどう思った?」と聞いてみたら、「自分が描いたのはダメだったのがわかった」と最後まで手を抜かずにやらないと賞なんてとれないんだと気がついたみたいでした。
そして翌年5年生になった夏休み、その年の取り組み方は違いました。
前の年は、私のアドバイスなんて聞く耳を持たずに自分の解釈で挑んでいましたが、この時はよく聞いてくれました。
(私、デザインの勉強をしたことはないのですが、なぜかデザイン系の仕事をしていたことがあって、多少の知識がありました。)
教えたのは、フォーカスポイント、紙の中の絵の配置、比率やサイズ(どうしても小さく絵を描くクセがあったので、大胆に大きくとしつこく言いました)、視点の誘導、色のバランス(ピンクやオレンジなどの明るい色を使って華やかにみせる)、絵の輪郭をはっきりさせる、そんな感じです。
(このあたりのコツは、ネットで絵の描き方を検索してもたくさん出てきます)
文章の方は、抽象的なことだけでなく自分らしい具体的なエピソードをいれて、少しユーモアをもたせる、読んだ人が、息子を頭の中でこんな男の子かなとイメージできるような文章にする。
文字の大きさを揃える、文の分量を最適なものにする。
この年は、ノリノリで最後までやりました。
そして、結果は!狙っていた通り、学年代表になって、無事「佳作」を頂きました。
「佳作」なの?と思われたかもしれませんが、それまで、絵で選ばれることなんて一度も無かった息子が、学年代表になること自体が私たち親子にとってはすごいことだったので、もう大喜びです。
もちろん、その年も作品展に行きました。
自分の作品の前で一緒に記念写真もとって、とてもうれしそうでした。
そうそうこれがやりたかった。
そして、翌年、6年生の時も学年代表に選ばれて2年連続で佳作をいただくことができました。
5年生の時にしっかりと向き合った事で、コツが掴めたみたいでした。
この5年生の時の受賞は、1つの転機になったと振り返って思います。
実は6年生の時に、もう1つ新たに狙ったことがありました。
それは読書感想文です。
6年生になった時に、「今年は読書感想文で賞を狙ってみない?」と息子に持ちかけました。
毎年、読書感想文はやる気が出なくて、付き合わされる私が大変でした。
やる気を出してくれたら付き合わされるのはむしろ大歓迎だったので、やる気を出してほしくて言ってみました。
この時息子の中では5年生の時に頑張ったら賞がもらえたというイメージがあって、読書感想文も本気で取り組んだら可能性があるかもしれないと思ったようで「やってみたい」と言いました。
自分で自分に可能性を感じられるとやっぱり頑張ることができるんですよね。
成功体験というのは、やっぱり大事なんだなと思いました。
この時も、やったことは同じで、まず受賞作品を探して読みました。
どういう作品が選ばれているのか、賞によってその違いを感じるのか?そんなことを親子で話し合いました。
その上で、課題図書じゃない本の方が良さそうだとか、「自分のこういうエピソードが語れる読書感想文を書けるといいんじゃないか?」というものを先に決めてしまいました。
普通は先に本を決めると思うのですが、うちの場合は逆で、自分の書きたいエピソードに繋げやすい本、エピソードと共通点がある本を探しました。
本探しもネットの検索を使えば、無限の本の中から良さそうなものが探せます。
その後、候補の本を数冊、図書館にリクエストして借りて、実際に読んで一番書きやすそうな本を選びました。
この時のエピソード選びも、まずは最初に学校の先生が作品を選ぶということを意識して、学校の活動に関係のあること、担任もよく知っているエピソードを選びました。
文章の構成からしっかり考え、下書きはパソコンのワードを使って何度も書き直して(手書きよりも書き直しや、文字数チェックがしやすいのでおすすめです)、納得のいくものを書き上げました。
この宿題のコンクールは青少年読書感想文全国コンクールだったのですが、校内の選考には残ったらしいのですが残念ながら学校代表には選ばれませんでした。
しかし担任が息子の読書感想文をとても気に入って下さって、このまま出品しないのはもったいないからと別のコンクールをわざわざ探してくださって、そちらの方に応募したいのですがいいですか?と電話をくださいました。
これ言い方は悪いのですが、先に書いた通り、その先生が選びたくなるようなエピソードで感想文を書いたので(担任の授業研究のテーマにも関係していました)、うまく先生にはまったと思いました。
担任が応募して下さったコンクールも全国単位の大きな読書感想文のコンクールだったのですが、結構上の方の賞にも選ばれて、結果的にそちらのコンクールに出して頂いたおかげで「賞を狙ってみない?」が本当に実現しました。
ということで、小学生の夏休みの宿題に一生懸命取り組んだわけなのですが。
小学生の夏休みの宿題の取り組みで、大事だったことは、
選ばれる(評価される)というのはどういうことなのか?ということを具体的に考えて言語化したこと。
それぞれの作品を比較することで、どこで作品の評価が決まるのかを理解すること。
ある程度テクニックを理解し身につければ、それを活かすことで、色々なものに応用できるということに気がつくこと。
だったと思います。
小学生が自分の中から湧き出てきたことだけで一生懸命書いて評価されるというのは、よほどの才がある子でないと難しいと思います。
(5年生の時、一緒に受賞した幼なじみ(親は宿題にノータッチ)は、今、美大に通っています)
普通の子が評価を得るためには、大人の考え方の手助けも必要なんだろうと思います。
作品に大人が直接手を出すということではなく、作品の作り方(基本的な構造)を教えて子どもに考えさせる、子どもに考える力をつけさせるということです。
さて、ここから中学校の実技教科の内申の話につなげます。
小学生の時に苦労していた実技教科なのですが、中学に入ってからはそこまで苦戦することがなくなりました。
絵や習字が選ばれたり、読書感想文で賞をもらったり、スピーチコンクールに選ばれたり、そういうことが増えました。
これはどういうことかというと、評価されるとはどういうことなのか、というのが小学校の時の夏休みの宿題の取り組みでわかったからなのではないかと思っています。
子どもの頭の中だけで考えて作品を創作すると、自分にとっていいと思うものは自己満足の作品になってしまう可能性がありますが、評価される基準をまず頭に置いて、そこからどういうものを作ろうか考えると、評価されやすいものが出来上がるということです。
「評価基準ありきでやるなんて先生に媚びるを売るってことじゃないの?うちの子はそういう媚びるようなこと好きじゃないから」とか、「だいたい絵って感性の問題だから評価基準って先生の好みじゃないの?」とか思うかもしれませんが。
学校から出される課題は、そもそも最初から評価基準があります。
例えば、文化祭のポスターが課題なら、視認性と情報伝達、テーマとの合致、デザイン性などが評価の基準になるはずです。
これはポスターの目的から考えれば、当然の評価基準だと思います。
これを意識してポスターを描くのと、全く意識しないで描くのでは違うはずです。
例えば、猫を描くのが得意だからと猫を全面に描いた文化祭のポスターを提出した子がいたとします。猫の絵はとても上手に描けています。しかし、文化祭にも、学校にも、猫は全く関係ありません。
あなたは、上記の評価基準でポスターの評価をつけないといけません。
どんな評価をつけますか?
子どもには、もしも、自分がこの作品を評価するんだったら?そういう視点をいつも持つといいよと言ってました。
そして評価する立場になったらと考えると、自分が評価をつけやすい作品というのは、評価の理由がはっきりと言語化できるというものじゃないかしら?とも言いました。
このポスターは、パッとみただけで文化祭のポスターだとわかる、開催日時や場所もわかりやすく書いてある、絵はテーマやスローガンによく合っていてデザインもいい、という感じだったら自信を持って高評価がつけられるよね?
でも、文化祭に全く関係がない猫の絵がすごく上手に描かれていたら、あなたは判断を迷わない?絵も上手いデザインもいい、でも猫は、何も関係ないんだよなってならない?
なんとなく上手く描けてる感じがするから高得点、という風にできる?ましてや、後から「どうしてこういう点がついたのですか?と聞かれた時に、それを相手が納得するように説明できる?」
学校の先生は、「評価基準」に沿って成績をつけなければいけない立場の方です。
そうなると生徒側も先生の立場を理解し、評価しやすいものを提出するという工夫があってもいいのではないかと思うのです。
評価されるから下手(シタテ)に出るということではなく、先生と評価基準を共有してそれに沿うものを出せるように努力する、生徒側のやるべきことはそういうことではないかと考えていました。
そのためにも、息子には評価する人の立場で自分を客観的に考える視点をもたせたいと思いました。
小学校の夏休みの宿題でそこまで考えてやっていたわけではないのですが、「賞」が取れたら自信ややる気に繋がるかなと思ってやったことが、客観的にみるという力を育てていたように思います。
また、物事を客観的にみるために違いを言語化させていた経験が、実技教科のふりかえりを書くのにとても役立ちました。
ふりかえりも評価がつき内申に関わっていたので、ここでも点を積み重ねることができたと思います。
そして、子どもが客観的な視点を持つこと、それは「中学の内申をとるためのテクニック」にとどまらず、その先の「相手のニーズに気づき、意思を汲みとる」力にも繋がると思います。
現在、就活中の息子、まさに今そこが求められ、評価されている真っ最中です。
高校生になったぐらいから、息子が時々「内申でつけた力があるから」と口にするようになりました。
内申を意識していたことで身についた力がある、という意味なんですが、息子にとっては内申に挑んだことが良い経験になったとポジティブに捉えているようです。
何かと嫌われものの中学の内申点ですけど、そこで鍛えられた力もあるようです。
小学生の宿題から中学の内申、最後は就活まで話を持っていってしまいましたが。
夏休みの宿題ってとっても面倒くさいものだけど、取り組み方をかえてみたら有効な勉強ツールにすることもできます。
今回は、絵や感想文の話ですが、自由研究などは先々に繋がるレポートの書き方や考察の仕方などを学ぶことができます。
中学受験をしない小学生にとっては、受験勉強に時間を取られない夏休みだからこそ出来る学びがあります。
すでに中学生だとしても、親がまだまだ教えてあげられることもあります。
やらされる宿題から、大いに活用する宿題へと変えることができます。
全部じゃなくていいんです。1つターゲットを絞って、それを深くやってみる。
そこから学ぶこといっぱいあると思います。
夏休み、暑いし色々大変だと思いますが、アクティブな夏休みになるよう、どなたのヒントになれば嬉しいです。
この本で読書感想文の概念が壊れました。本当に小学生が書いたの?と信じらないと思いながら、大人になった私がなん度も読んだ本です。




