記述問題をやった後に必ずさせていたこと

11月に入りそろそろ学校の秋行事も落ち着いてくる頃でしょうか。

子どもも学校行事で青春を謳歌しつつも、ここ2週間で3つの模試を受けました。高校生の秋は模試の季節なんですね。

模試の話はまた機会があれば書いてみたいと思いますが。

今のところ普段あまり勉強していない英語のリスニングと古典がなぜかどの模試も点が取れる不思議と、あれだけ勉強している数学がどの模試も思ったほど伸びないのが不思議だなと子どもの話を聞きながら心の中で思っています。

 

 

今日は、中学時代にやっていた記述問題について書いてみようと思います。

 

家庭学習や通信教育をやっていく上で、記述問題というのは少々厄介です。選択問題のように正誤がはっきりとしないので丸つけしててもこれでいいのか悪いのかそれとも部分点なのか?悩む問題が必ず出てくると思います。

通信教育や問題集でも得点をつけるようなものもあると余計にもやもやします。自分は100点中何点だったんだろう?特に選択問題は配点が高いことが多く、正解だったら100点だけど、不正解だったら80点だなんてこともあるでしょう。

 

こんな時、子どもはいらいらしながら言うのです。

「あってるかどうかわからない!何点なのかわからない」

 

こう言われたらどうしましょう。

 

うちは小学校の時に進研ゼミをやっているとこんなカンジでした。答えをみても自分の答えでいいかどうかわからない!

ここで私が「どこ?」と言って問題や解答を確認するわけなんですが、子どもが合ってるかわからないという問題はたいていはちょっと違うなと思うわけです。

言い回しが悪かったり、正解は(多くなる)なのに子どもは(大きくなる)と書いていたり。

それで細かい言い回しの違いや、書けていない部分を指摘するわけですが、これを納得させるのがまた難しくて。

「単語は違うけど意味はあってる」とか「言ってることは同じだ」とか。

合ってるかどうかわからないと言いつつも、実は心の中では自分の答えが合っていると思っていて、でもうまく整合性はとれないのでイライラするという感じです。

私の方でもしつこくあーでこーでと説明してた時もあったのですが、こういう時って負けず嫌いの性格もあって素直に聞けないし、そのうち不貞腐れて「もうこんなのやらない!」とか言い出すのがパターンでした。

親ではなくて、先生という立場の人が説明すればこんなに不貞腐れないんでしょうけど、親だとこういうところがちょっと難しい。

 

 

そして私はどうしたかというと、子どもが正解かどうか迷っていたものは「〇でいいよ」ということにしました。

え?それでいいの?ですよね。

もちろん100%の正解ではないわけで、(絶対それじゃだめだよ)って思うこともありましたけど。それでも子どもが解説を読んで合ってるというなら「〇」と言いました。

 

なんで私が〇でいいと言ったのかというと、もうこれは必然というか。「正解でいいんじゃない」って言わないとそこから先に進めなかったからです。なんせ細かい説明するとふてくされてましたから。これはもう私の作戦です。

 

まずは「正解」ということで子どもの気分をよくして私の話を聞く耳を持たせます。

そして「これでもいいと思うけど」という前置きをしつつ、模範解答を見ながら「こういう言い回しの方がすっきりしてていいよね」とか、「こういう単語を使うといいね」とか、教科書ではこういう用語をつかってるから教科書の言い方に合わせるといいねとか。そんな風に子どもに言いました。そうすると、〇でいいと言われてすっかり気分がよくなってる子どもは、「そうだね、こっちの言い方の方がわかりやすいね」なんて素直に言うのです。

否定されると人の話は聞けないけど、肯定されると話を受け入れやすくなるというのを利用しました。

 

そして「〇でいいよ」と子どもに行った後に必ず付け加えて言うようにしたことがあります。

 

「模範解答をその横に書いてね」

 

そうなんです。今日のタイトル「記述問題をやった後に必ずさせていたこと」それは、間違っていても合っていても、必ず模範解答を赤ペンで解答用紙に書かせていたのです。

 

普段子どもが勉強をする時に、書くという作業はすごく少ないです。

英単語を覚える時に10個ずつ書くとかそういうこともやらないし、前にも書きましたがまとめノートを作ったりも、暗記用のノートを作ったりすることもありません。

子どもの書く作業はそのほとんどが問題を解く時だけです。

でも、この記述問題を解いた後に模範解答を書くというのだけは必ずやらせました。

模範解答を書かせたところで子どもがあとでその書いたものを見直すことはまずありませんでしたが、それでも書くように言いました。

 

それは、答え合わせをもっと意識を持ってやらせるためでした。

選択問題の丸つけはバツがついた問題はもう一度その問題をみてみないと何の問題かわかりません。問3の(3)の答えがCじゃなくくてAだったとしたら、もう一度問題文を読んだり選択肢を確認しなければなんのことかわからないので、自然に見直しができます。

でも記述問題だと問題文に戻ったりせずに、模範解答をぱっと読んで自分が合っているかどうかそれだけを見て終わってしまいます。自分の答えに照らし合わせるためだけに読んでしまうと、ポイントになるところを読み飛ばしてしまうこともあります。

そんな風に読み飛ばさないために、模範解答だけは一字一句、点と丸まですべて正確に書き写させました。

子どもには書いているうちに解答用の言い回しが身につくから、その通りに書いてごらんと言ってました。

 

合ってるか怪しいなという問題でも「正解でいいよ」と言ってたのは、この模範解答を書かせるためだったのです。

「それは違うんじゃない」と言われて、すっかり不貞腐れた子に模範解答を書き写させたとしても、それはただの書く作業であって中身なんか頭に入ってこないでしょう。

逆に正解と言われて気分いい状態だと集中力も高まって、書き写している時にこういう言葉を使えばいいんだなとか、ここがポイントなんだなということに気がつくようになります。素直な気持ちで模範解答に向き合うと「ちょっと自分の書いたのだと足りないかも」なんて言葉も出てきます。

家庭学習でやってる問題は、本番のテストとは違うので、正直満点取れようが取れなかろうがどうでもいいんですよね。大事なことはそこじゃない。ここで勉強して、本番でちゃんと書ければいいんです。

 

 

そしてこの模範解答を書かせることを続けていると、そのうち「すごい!この模範解答とほぼ一緒のことが書けた」なんて言い出します。「模範解答は最後が(である)だけど、ほらこっちは(です)って書いてあるでしょ?違うのはそこだけだよ。これもう模範解答書かなくていいよね」というように。

 

模範解答をずっと書かせてると、解答を書く型のようなものが身についてきます。型が身についてくるとこういうことが増えてきます。

最初からうまく解答が書ける子には必要ないと思いますが、子どものように文章を書く力が弱かったり要約が苦手な子は、正解でも不正解でも模範解答を書くようにすると、上手く記述がかけるようになるかもしれません。

よく朝日新聞天声人語を書き写しすると文章がうまくなるといいますが、そういうことに近いのかもと思ってます。

天声人語を書き写ししなさいというはハードルが高いですが、中学生がやる記述問題の模範解答を書き写す程度ならちょっと頑張ればできるかなと思います。

 

また模範解答の型やポイントがわかってくると、採点基準がどこにあるかがわかってくるので自己採点がより正確に近づいてきて、「これ合ってるかわかんない」ということがぐっと減ります。

そして普段から教科書で使われてる言い回しなどにも意識が行くようになるので、解答を書くのもうまくなります。

 

 

今はもう模範解答を書くことはあまりやっていないようですが。

 

この間、数学をやってるノートをのぞき込んだら赤ペンでいっぱい書かれてたので、「これは全部間違えたの?」と聞いてみたら、「間違ったのもあるけど、間違えてなくても自分の解き方よりもいい解き方だったりする時は赤ペンで書いてるんだよ」と言ってました。

 

 

(おまけ)

文房具マニアの子どもがたどり着いた赤ペンは、ぺんてるのエナージェル0.7の赤です。

色々使ったけどこれが一番使いやすいと。

家には常に替え芯がストックされるようになりました。

 

 

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