今日は、2024年度の大学一般入試組は有利なのかどうか?というお話です。
先に私の考えを
「そんなこと言われても、わかんない!」
です。
2024年度の大学入試を一般選抜で考えているお子さんをお持ちの方は、どこかで聞いたことがあるのではないかと思うのですが、
「お母さん、お父さん、2024年度の大学一般入試は有利ですよ」なんてささやきを。
はい、私もここまで何度も聞かされてきました。
要因は3つ
- 2025年度組から新課程の大学受験に変更される
- 浪人生が減っていること
- 現高3世代の人口(2005年生まれ)が前後の年に比べて少ないこと
一番大きい理由は、2025年度から大学入試が変わること。
子どもの次の学年から、共通テストに「情報」が増えたり、また教科の科目名まで変わっていって、「歴史総合」?「国語総合」?頭の中は?ばかりです。もちろん、変わっているのは名前だけではなく、内容だって変わっています。
たった1年違うだけなんですが、この1年の違いが大きい。
そうなると、「浪人回避」というワードが持ち上がってきます。
2の理由でもありますが、そもそも近年、浪人する人も減っています。
2023年の共通テストを受けた既卒生は全体の14%と過去最低、年々減少し続けているので2024年度もこの流れを受けて減るだろうといわれています。
浪人減少の流れ続く中に、さらに翌年からの入試変更というものまで加わってしまう学年なので、ますます現役志向が強くなると言われてます。
現役志向が強まると、受験生に安全志向が生まれる。
そこに受験の多様化の波、少子化の影響も受け総合型選抜、学校型推薦の増加。
年内に進学先を決めてしまいたいという気持ち、わかる、わかりすぎるほどわかる。
最後まで行先がわからない一般受験の不安(後期に回ったら3月の終わりまでかかる)、可能性を増やすために沢山出願したくなる受験料&それにまつわる色々なお金、早くに滑り止めが受かれば安心なもののそれにより発生する捨てるかもしれない入学金(1校で済めばラッキーぐらいの気持ち、下手したら2校分の可能性もあったりします)
一般受験は精神的にも金銭的にも負担が大きい。
子どもが併願しようとしているある私大の学部、どうやら高校に指定校があるようです。
(授業中に先生がポロっと指定校で行った先輩がいると話していたらしい)
高1高2と意外にも評定が良かった子ども、可能性は0ではないなと浮かんでしまう。
ただ第一志望の大学ではないし、子ども本人にその気が全くないので、ここはスルーなのですが。
一般受験にたどり着くまでには、そういういくつかの分岐点を通って進んでいかないといけない。
精神的な重圧、経済的負担、入試方式多様化による分岐点、受験生(の親)は弱気にもなりますって。
現役志向で、年内合格者が増えて一般受験が減る、一般受験組も確実に合格を狙うために安定志向で出願する。
本当?
どうなんでしょうね。
絶対に現役国公立(場所はどこでもいい)という縛りがある場合は、実力相当の大学へ志願すると思うのですが、国公立は受けるけど駄目だったら私大でもヨシ!なら、国公立を下げたりしなくない?
むしろ、例年の受験生よりも併願の私大を手厚く受けようと考えて、私大の倍率が上がるってことはないのかしら、などと思ったりします。
2023年度の上位層の国公立の出願は強気の出願だったと分析されています。
これは2022年度の共通テストよりも平均点がかなり上がったことからの影響もあったそうです。
来年の共通テストの難易度どうなるでしょうね。
再来年に大きな変更を控えてるので、来年は大きく変えることなく昨年並みのものになるのか、それとも再来年への移行の年と考えて少し変えてくるのか。
なんとなくそんなことを考えてみたりもします。
(難化した2022年度の共通テストで大失敗した高校の先輩が、その失敗をもろともせずに強気の出願で大成功した話も聞いていて、メンタルが強いのならば共通テストはむしろ難しい方がいいのかもしれないと思ったり)
2024年度は、変更前のラストイヤーだからみんな安全志向、だから「強気」で大丈夫って言われるんですが、多分、毎年、なにかしらの理由をつけて「強気」を押しているのだろうなと思います。
2025年度組は、きっと「浪人がいないラッキーな年」とか言われてるんだろうな。
一般入試組がどんどん縮小していく中、他の子は別の方法を選んでいる、そんな空気を感じない鈍感さも必要なのかもしれません。
世間では一般入試組が大学入学者の全体の半数を割ったと言われている中、幸いにも子どもの高校は一般入試組の方が圧倒的なので、校内ではこれが当たり前らしいですが。
時には井の中の蛙でいることも、助けになるものだと思ったりしてます。
この先、弱気にはならないつもりですが、だからといって2024年度一般入試組が有利といわれても、「本当にそう?」と疑うことをやめられない考えるお母さんです。